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「ポジティブな死」に関する本





 「ポジティブな死」。この時点でもう「死」に対してネガティブな感情が滲み出てしまっています。当然、死ぬのはこわい。しかし、「死」に対してポジティブな感情というのは存在するのでしょうか。

 今回の依頼を承った時に最初に頭をよぎったのは、メキシコの"死者の日"の話でした。日本のお盆と考え方は近いですが、骸骨と花を飾って楽しく祝うというあのお祭りです。"死者の日"はメキシコの人々の死生観を表出させたもので、「生」の象徴たる「死」がそこにあるような気がします。

 日本にも、お盆に見られるように、今ここにある「生」は大きな"祖霊"の一部でしかなく、「死」はその"祖霊"へと返り、一体化するためのプロセスでしかない、という祖霊信仰がありますが、その考え方は何かあればバンバン腹を切っていた時代よりかは薄れてきてしまっているように感じます。

 ジャズの聖地ニューオーリンズでも独特の葬式があります。墓場までの道のりを家族、友人がパレードするのですが、家から墓までの行き道は重々しい葬送歌で故人を送り出し、帰り道は底抜けに明るい賛美歌やヒットソングで故人の魂が天国に行ったことを祝福するというもので、これには遺族や遺された関係者の気持ちも救われるというシステマティックな面もありますが、個人主義のアメリカにおいて、自分と他人(家族・友人)の境界線を「死」が取り払っていくかのような葬式のスタイルには意外性があるように思います。

 上の、三つの「死」に対する考え方、捉え方から考えたのは『「死」はいいものでも悪者でもない』というニュートラルな態度こそが、「死」に対して一番ポジティブな態度なのではないか、ということでした。「死」はプロセスであり、自然であり、「生」の象徴であって、そこには良いも悪いも無いのだと。そこで、「生」と「死」の境界線をもんやりととさせるような、「死」と「生」という表裏一体の現象を肯定的に捉えられる本を選ぼうと考えました。
 
 自殺を身近なものとして紹介し、自殺自体を決して頭ごなしに否定しないという態度から「生」と「死」について考えさせられる末井昭『自殺』。
 「死」を忘れる、否、「死」「生」とが同一になるくらいのパッションで「生」の側を描いた伊藤勝彦『愛の思想史』。

 もう一冊は、「驚き」について選んだ本です。国木田独歩の『牛肉と馬鈴薯』に出てくる主人公が「常に"驚き"の目でこの世を見つめていたい、"驚き"のない人生など金持ちも貧乏も同じである」というようなことを言っていて、生きているうちにどれだけその「驚き」があるかが「死」に向き合うひとつのポジティブな態度であるように思えてならず、"常に驚いている人の本"である『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』を選ばせていただきました。

 難しいテーマでしたが、今回改めてわかったことは「死の隣には、常に生がある」こと。心から「生」を生きなければ、自分が死んだことになど気付かない、なんてこともあるのかも知れません。心底、死ぬほど生きていたいものですね。

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