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そもそも何でこの企画、やろうと思ったんだっけ?

そもそも何で本好きになったんだっけ。


「本の虫」と呼ばれる人がいます。
それは本当に古い本を食い荒らす紙魚という虫が語源だそうですが、「本の虫」たちからすれば、大好きな本を日夜食し、かつそこを寝床にしているなど、お菓子の家に住む食いしん坊、といったところでしょうか。
寝食そっちのけの本、いやむしろ寝食=本。
本がのめり込むほど好きで好きで常に読んでいる、「本の虫」。

実は私はその「本の虫」といわれる人々とは違い、本自体にはそこまでのめり込んでおりません。
私は"本屋"という空間が好きなのだろうと思います。
本屋は言わば『まだ知らない、見たことの無い、知識・経験・思想を可視化したもの』であって、気分がいい時はもちろん、とりわけ死にたくなるほど落ち込んだ時に本屋に入れば「ああ知らない物事がこんなにあるならもう少し生きてみれば面白いこともあるかもしれない」と思ったものです。

本単体よりも、"本がまとまって手に取れる場所に置いてある環境"にフェティッシュを感じるということです。
そうなると、もう言ってしまえば最終的に、本は読まれても、読まれなくても、どちらでもいいわけです。
もちろん本は好きだし、読書も好きです。
が、それ以上に本と本の間にあるものも含めた、"本の集合体"が好きなんですね。


私はこの度屋号を 『CREPUSCULE BOOKSTACKS』 としました。
BOOKSTACKSとは書架、本棚、本の集合体を指す言葉です。

今回の"SHINOBAZU blind books"でも、本のオーダーは二冊を最低ラインとします。
全然読みたくない本が一冊だけ届く、という誰も幸せにならない状況を避ける方便でもあるような気もしますが、さっきも言いました。
最終的に、「読まなくてもいい」ということ。
そこにおいておけば一年後、五年後、十年後の自分が手に取るかもしれない。
家に来た友達が、自分の子供が、親が、手に取るかもしれない。
あるいは一生無視されるかもしれない。
今読みたい、と思っても読んでしまったら、ひとつものを知り、楽しみが減ってしまう。
そういった、「読めるけど、読まなくてもいい」、「読みたいけど、あえて読まない」という本末転倒というか、屁理屈というかが、私にとっては結構大事なことなのです。

以上がSHINOBAZU blind booksでやりたいこと、一つ目です。
本がある、並んでいる、置いてある、そこから膨らんでいくものをプレゼンしていくことです。


あとは私自身の問題ですが、文章が書けるようになりたかった。上手くなりたかった。
読書というインプットに終始しアウトプットを悉く放棄し続けた結果、小学生の作文コンクールにすら引っかからない文章しか書けない状態で、酒が飲め髭が生えてくる齢になってしまいました。

また自分で選書して、コメントを書く、それを頼んでくる人が仮にいたとします。
私自身は転売して利益を出す気持ちはありませんが、いくばくかのお金を払ってくれるわけです。
不忍ブックストリートというブリリアントなイベントの一部として出る、ということは、大失態を犯せばこのイベントの今後にも関わるかもしれません。
ここまで自分のおしりに火をつければ、自分のセンスを可能な限り高めるしかありません。

文章力と審美眼。


もうひとつ。
私は今とあるお店で働いていますが、店頭でお客様にものを売るときより、通販で商品を発送する時のほうが大きいミスをしやすいことが分かってきました。
もちろん、毎日、毎回ミスしているわけではありません、が、半年とか一年に一回レベルの大きいミスは通販に関連するミスであることが多いように感じます。
それは、顔の見えないお客様とやりとりをする、名前と住所しか知らない人の気持ちを親身になって考え対応する、といったことが苦手であることが原因かな、という気がしています。
今回はそのコンプレックスをも払拭するいい機会かなと思っています。
名前しか知らなくても、「何故お客様はこういう本が欲しいのだろう」ということを自分なりに考え、答えを出し、自分で発送処理する。
自分が考えたものを自分の手で送り出すことで、実務的なスキルも磨こうと考えています。


他にも話したいことは沢山ありますが、今回はこのあたりで切ります。

いろいろと書きなぐりましたが、しかし、これは企画というより本を使った遊びです。
お手柔らかにお付き合いくださいませ。


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