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静けさと怒り

 「怒って」いることと、静かであることは相反しないのではないか?

 岡本太郎の『美しく怒れ』は『芸術新潮』や『太陽』等に寄せた稿を再編したもので、87年~88年の著作を中心に、古いものは1967年、新しいものだと1991年に書いた稿が収録されれいるのですが、考え方は一本筋が通り、この本にも統一感があります。
この本のテーマは"日本人"とのことで、始まって数行で「すくみ合い、妥協し、堕落している一般的なずるさと倦怠が腹立たしい」と、現代の日本人を批判し、怒っています。
「芸術は爆発だ!」などの発言からも、激しく、情熱的であるというパブリックイメージがあるであろう岡本太郎。
ですが、実は、岡本太郎の「怒り」は、心を煮えたぎらせるようなものではなかったのではないか?ということを感じます。
太郎の「怒り」とは物事の本質を見極め、咀嚼し、感じ取ることによって成せる、純粋な子供のような、豊かで透明な怒りです。
「おどろき」といったほうがニュアンス的に近いかもしれません。
「空が青い!」とか、「何故大人たちは全力で遊ぼうとしないんだ!」とか、そういった物事の本質にぶつかっていくような「怒り」。
「○○で儲かった、損した」、「○○のせいで上手くいかなかった」など、そういった類のケチクサイ怒りではなく己を貫き、正直に表現していく、純な「怒り」。
心がひとつの海のようなものだったとして、そうした質の高い「怒り」は、果たして波風を立てるものでしょうか。

 岡本太郎ほど真っ直ぐに、心をクリアーに、凪いだ状態に保ち生きることは、至難の業ではありません。
しかし、「凪いでいる」状態を保ちつつ「怒る」こと、そうした「怒り」があると思うだけで、不必要に心を荒れさせることは少なくなるかも知れません。

 ちょっと自己啓発的な内容でないこともないですが、それにしては余りにも示唆に富んでいる一冊です。






岡本太郎『美しく怒れ』
角川書店 2011年
新書
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